いよいよ、ラストあと2回となった「東京のうた」シリーズ。前回の赤坂に続く今回の東京・夜の秘境の舞台は浅草だ。浅草寺裏手の“奥浅草”とも“裏浅草”とも呼ばれる区域にあるというスナックバー「エンドレス青い部屋」(ちなみに戸川昌子とは無関係)で、あの昭和歌謡スター、橋幸夫の歌の意思を継ぐ「二代目橋幸夫yH2」なる3人男性ユニットが“東京のうた”を披露する回。奥浅草、スナックバー、橋幸夫、二代目、ユニット……とりあえず、今回も未知のワードだらけである。
それにしても本企画、主宰の湯山玲子氏に毎回毎回、(筆者にとって)見知らぬ場所と演者のお題だけを与えられ、ひとり東京の夜を彷徨うかのような、もはや夜の魅惑のオリエンテーリング。そして、今宵は浅草。かつて江戸、東京のエンタメの中心部だった地の裏手のスナックで行われる音楽会に、これから向かうのである。
さて、地下鉄銀座線で駅に到着したのは夕方6時。この時間にして季節的にはもうすっかり夜の街並み。予想以上にインバウンドで盛り上がる雷門や六区の酒場を抜け、浅草寺裏を目指すと、花やしきも土産物店もすでに閉まったあとの閑散とした夜道が続き、奥に進むほどにひたひたと広がる浅草寺周辺の暗がり。盛り場からほんの200〜300mほど入っただけなのに、夕方6時にしてこのヒト気のない暗さと静けさは、なんだか夜本来の東京がずっとそこにあるような、ほとんど昭和30年代新東宝のノワール映画気分である。映画ならこのあと、地下ステージで三原葉子あたりがダンサー役のナイトクラブに場面展開だが、いやいや2023年のこの日の展開も負けていなかった。
浅草寺一帯を抜け、さらに2〜3ブロック奥の大通りに見つけた「エンドレス青い部屋」の看板。直下のクラシカルな白い扉を開けると、いきなり目に飛び込むのは剣劇スターのポスター群。これが螺旋の階段を並走するようにズラズラと壁に並び続け、まさにエンドレスに下に下に降り切ると、地下に現れたのはスナックバーというには広い! ほとんど中箱ナイトクラブのような空間。昭和の香りも高きソファー席はエリアごとに区切られ、奥にはカラオケ機材とともに生バンド用ステージやフロアーがレイアウトされる。ううむ、一体、どういうお店なのか。
湯山によると、「元々ホストクラブだった」という空間で、昭和40年代にオープンした当時、女性客たちで大いに盛り上がったという。なるほど、ムード歌謡の生バンドとともに、ホストと女性たちがフロアーでダンスに興じただろう光景がありありと目に浮かぶ。そして今は、大衆演劇フリークのオーナーのお店となり、「浅草・木馬館の役者さんたちが舞台後お客さんを連れてきてはステージで歌ったり、打ち上げをする大衆演劇のメッカ」(湯山)なのだという。まさに、大衆演劇を応援、後押しするよう店内の至るところに役者のポスター、写真、グッズが三社祭の提灯とともに賑々しく飾られる。ムード歌謡的ホストクラブ時代を経て、大衆演劇の社交場になった現在、湯山をして「ここを見つけて、この『東京のうた』の企画は成功したと思った」というほど、浅草オルタネイティヴの蓄積された磁力がそこかしこに渦巻く。
そして、この空間のシートを埋めるよう続々続々と来場したのはアラウンド70世代も多いであろう女性客たち。なかにはデカい推しうちわやペンライトを手に、開演前から口々に橋幸夫の楽曲への思いを語り合い、熱気も帯びていらっしゃる。どうやら、先代のリアルタイムから引き続き、今宵の二代目ユニットも推す皆様方。橋幸夫審美眼も筋金入りと思われるこの方々の、浅草の奥まで足を運ぶエネルギーに既に目を見張ってしまう。
さて、スタート定刻。ほぼ満席のシートに、お通しの煮込みハンバーグも全て配られた頃、湯山が今宵の主旨をアナウンス。そうだ、思い出した。これは「東京ビエンナーレ2023」のなかの催しなのである。なんでも「二代目橋幸夫yH2」は、今年歌手生活を引退した橋幸夫が自曲を歌い繋げる歌手を探すため、9月に公募で選ばれたばかりの3人が結果的に何故かユニットとなり、「二代目」を襲名したのだと。思わず、かつての「村上隆の新加瀬大周プロジェクトを思い出した」と湯山も言わずにはいられない。そこへ今宵の主役、「二代目橋幸夫yH2」の登場だ。
お揃いの白いスーツジャケットの3人に、つめかけたファンが一気に華やぐ。スタートは橋のリズム歌謡の名曲「恋をするなら」。軽快なメロディーで早くも会場中が体でリズムをとりながら手拍子の一体感。あの、“アアア〜”“イイイ〜”“エエエ〜オ”も、3人かわるがわるのコンビネーションで、のっけから空気は上昇気流。
1曲目の終わりとともに自己紹介も軽妙。見るからに好青年的センター徳岡純平は22歳、ひょうひょうとした個性の向かって左の進公平は27歳と、ともに20代。そして、向かって右の小牧勇太は42歳。20代の二人が小牧の年齢をイジり、わずか2ヶ月ほど前に結成されたというのにそれぞれのキャラで客を湧かす。このノリの良さのまま2曲目は、今回のシリーズの人気曲「東京ブギウギ」を軽快に。ますます会場は一体感に包まれる。
ここで、個性も見事にバラバラな3人が何故2代目橋幸夫のオーディションを受けたか、明かす。最年少の徳岡は幼少の頃から「おじいちゃんの影響で」演歌・歌謡曲が大好きで、もちろん橋のことも知っていたという希少な、いわゆるZ世代。TVで2代目の募集を知って応募したという。これと対照的に進は橋のことを知ったのが今年。NHKの朝ドラ「あまちゃん」の再放送で「いつでも夢を」を知り、二代目オーディションを「受けてみたら受かった(笑)」。そして、歌手デビュー経験者の小牧は、橋のマネジャーも務めたことがあり、往年の橋のように角刈りにまでしていたという、そもそも先代とは近い関係。二代目の話を直々に聞いて「お前どうだ? と言われ」、色めき立つも「イチからオーディションを受けさせられて」、正統的にこのポジションを勝ち取った実力者。
その橋から今日のショーに向けて「頑張れよ!」と激励してもらったと、3曲目は岡晴夫の「東京の花売娘」、続けて橋と同じ吉田正門下生で弟的存在だったという三田明の「アイビー東京」を。いやぁ、なんともマニアックな選曲。このあと、“やはり橋幸夫の歌を歌い尽くさなければ”と、3人の意思表明に拍手喝采のタイミングで始まったのが「潮来笠」。何はともあれ、この歌を聴かねば始まらないとばかりに、深くうなづきながらも厳しい眼差しで温かく見守るオリジナルファンの姿が印象的だ。立て続けて“雨が小粒の真珠なら、恋はピンクの薔薇の花”の歌い出しから美しい歌詞の「雨の中の二人」に悲鳴にも似た歓びの声が飛び、グランプリカーレースを題材にした「ゼッケンNo.1スタートだ」と、名曲もモンド曲も織り混ざった橋の楽曲の絶妙なセレクト感。しかし、マニアックだ、モンドだなんて勝手に思う横で、リアルタイムファンの方々はどれも「ああ、あったわね、この曲」と語り合い、己が若輩感を恥じたりし(笑)。
そんな立て続けの橋の歌3連発にペンライトとウチワも賑やかに振られるなか、お次は佐伯孝夫+吉田正のコンビが灰田勝彦の「東京の屋根の下」の若者ヴァージョンとして作ったという「若い東京の屋根の下」を。橋と吉永小百合主演の同名映画のデュエット曲として、これぞ青春歌謡的な清廉な歌。徳岡が声の伸びも良く、小牧はさすがのコブシを効かせ、進はクセなくフラットに、それぞれの喉で歌い上げる。そこへ、家族連れの後方ボックスシートからペンライトを持って一人、席を立って踊り始める3〜4歳の女の子が……。令和の時代に橋の歌で、吉田正の楽曲で踊る幼児の姿に思わず二度見。ありし日の傑作曲の数々を、2代目というかたちで新世代が瑞々しく歌い、傍らでは何故か子どもが踊り(あとで聞いたらオーナーのお孫さんでした)、満席の往年のファンたちが手作りの推しうちわでしみじみと盛り上がる。そして、高度経済成長期にオープンした、そのままの空間は、大衆演劇の剣劇スターのポートレートで埋め尽くされ、もはや物事のレイヤー具合がよくわからなくなる。さすが大衆エンタメの歴史深い浅草の底力、磁場の強さ、である。
そんなことを感じ入っているうちに、「残すところ2曲となりました」と、徳岡がアナウンス。えー!!!!という、満場一致の声が響くなか、これまた橋が主演したという’70年公開の松竹映画「東京—パリ 青春の条件」の主題歌「東京—パリ」を。なんでも、本作で当時の御三家オールキャストのなか主役だったという先代の「その二代目。背負っているものがデカいですね」と、3人口々にしながらも、ワンコーラスづつ流れるように歌うこのスローバラードがまた良き曲。“まさか、この歌が聴けるとは”といった面持ちでうっとり聴き入るファン。それにしても、後のMCで湯山が、股旅もののイメージも強い橋だけに、「演歌というわけじゃなくて、明るくてリズムが通ってる」と、その楽曲の幅広さを驚いたように、この3人を通してバラエティに富んだ橋のジャンルレスな名曲を再実感する。
そして、いよいよラストは彼らのデビュー曲にもなった「恋のメキシカンロック」。お店のオーナー(盛り上げ上手!)からいつの間にか配られたクラッカーが至るところで鳴り響くなか、 “メキシカンロックー、ゴーゴーゴーゴー”とボックスステップを踏みながら歌う3人の勇姿に、この日何度目かの最高潮を迎え、アンコールは「恋をするなら」の大合唱で幕を閉じた。
終演後、「湯山さん、ありがとうー。1時間も!」と、ファンに口々に感謝される湯山。まだ持ち歌の少ない彼らは大体、20分ステージが多いのだそう。そんなファンの姿ごと味わうことにもなった今宵。これが、現代アートを標榜する、れっきとした「東京ビエンナーレ」のパッケージのなかにあるということが、さらに階層要素をカオスにする。しかし、このカオスこそがアートの醍醐味。街に到着したときからの平衡感覚の危うささえ回収してくれた浅草の夜。会場を出て、控えめにライトアップされた浅草寺の屋根とLED的質感で巨大に浮かぶスカイツリーの夜空を眺めながら、この街の魅惑の磁場に包まれた暗がりを後にしたのだった。
text by 吉岡洋美 Hiromi Yoshioka
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